丈青《I See You While Playing The Piano》

Notes

直観的に弾く——。アルバムを制作するにあたり、そのことを考え詰めた。なるべく恣意へと傾かずに演奏する。それは、音楽の時間を空間的に、直線的に把握し対象化していく以上に、音楽が生成される、「いま」という「瞬間」に対して直観的でありたい、ということだったと思う。このように絶えず「いま」という「瞬間」と切り結ぼうとした思念のプロセスで、私とピアノ、またそのピアノからたちのぼる響きとの「あいだ」にはじめて、自己が確かめられることに気づいた。そうして、「なにかを為そう」という恣意から解き放たれた「瞬間」を、幾度も感じることができた。アルバムのタイトルには、そんな意味も込められている。

——ピアニズムの探究は、はじまったばかりだ。




1. Friends are Comin’
このテイクはFazioliのピアノなくしては特に成立しなかっただろう。ある程度演奏してきたオリジナル曲を、慣れ親しんだSteinwayで弾いたなら、より音数が増えて、現代的なアプローチになったにちがいない。Fazioliの深みのあるサウンドは、素朴にピアノを鳴らすことを改めて教えてくれ、楽曲が本来持つ魅力が引きだされた。



2. One and Alone
長らくあたため続けた曲。他の進行を加え、歌のメロディをつけたものがSOIL&“PIMP”SESSIONSのアルバム《CIRCLES》でBONNIE PINKが歌った「Hey,Tagger I’m Here」だ。数年前の年初め、何年も家では弾いていなかったキーボードに触れたとき、ふとイメージが浮かんだ。それを掴みとるために気付けば8時間以上弾いていた。この曲は、近年の自分自身に対するイメージにも通ずる。孤独をあたためることも大事だ。現代は過度に繋がりを求める風潮にあると思う。繋がりはともすれば安易な安息感にもなる。しかし孤独を恐れないことで、到達できる世界がある。均され画一化されることに抗わなければならない。



3. Crazy Race
トランぺッターのRoy Hargroveの曲を採りあげた。幸運にも数年前に彼とセッションを共にする機会に恵まれ、そのときに、「ピアニストのKenny Kirklandはイノベイターだった」ということばを聞いて、なるほどと思った。2000年代初頭の彼や、ひところのRobert Glasper, Derrick Hodge、Chris Dave辺りが創造した音楽は革新的だった。何かがはじまろうとしている場所は、不思議なテンションで溢れている。



4. Blue in Green
特別ななにかが混じりあうとき、特別ななにかが生まれることがある。 Miles DavisとBill Evans,青と緑、ジャズとクラシック、男と女——。あるレベルに達した人や事象の結びつきが、いつもの時間や空間、自然へ感覚を違わせることがあるように。この曲にも改めて感じた。静かに音を置いていくようなこのテイクは、自分の今まで発表できなかった側面があらわれているように思う。



5. My One and Only Love
大切なことほど、大切にできないときがある。映画《Leaving Las Vegas》でStingが歌うこの曲をよく聴いた。曲に対する思い入れが強いのだろうと、録音を客観的に聴いて感じた。そして強いイメージを喚起する演奏になった。感情の高まりが色濃いが、自我からは解放されているといえばよいか。このアルバムを録音するという経験から、また次の段階へと進むことができる、といまは感じる。



6. We’ll be Together again
レコーディング2日目、ふと譜面を引っぱりだして弾いてみた。昔、鈴木勲氏の録音でよく聴いた。駆け出しのころに氏のバンドに加わる機会を得たことが、いまの自分の音楽に繋がっていると思う。すこし弾き過ぎた感はあるが、面白くなった。譜面を使ったのはこのテイクだけなので、違いがわかるかもしれない。なぜだか若いころを思い出す演奏だ。



7. Body and Soul
いつ演奏してもこの曲のもつ美しさに心打たれる。セブンス、マイナー、メジャー、ディミニッシュ、ハーフディミニッシュと、様々なコードが端然と配列される。奇を衒うことなく、曲のもつ美しさを感じながら弾けたこのテイクを、アルバムのなかでも特に気に入っている。ときより気の置けないジャズ・プレイヤーから、「曲の進行を守るね」といわれる。道を外れようと思いつくこともあるが、なかなかそうしないのは、曲そのものの素晴らしさに敬意を払ってのことか。必要な要素のみで構成された曲は美しい。必要なだけの要素が、しかるべきところに置かれる美しさ。音楽に限らず、そうあるべきだと思う。



8. Miles’ Mode
テーマがシンメトリーの構造になっている曲。はじめてこのことに気付いたとき、なぜだかこわくなったのを憶えている。原曲はマイナーだがディミニッシュにアレンジして弾いた。Fazioliのピアノに改めて気付かされたのは、左手で弾く5度の音の大切さ。
3度や4度、6度や7度よりも5度の倍音の響きが重要だということ。そして、ルートの重要性についても考えさせられた。このピアノの低音域の充実が、コントラバスのサウンドを想起させたからだ。



9. Myself
完全即興で演奏すると——もとより、すべての演奏に即興性、新鮮味があってよいとは思うが——、自分自身のなかから、あらわれでた音に驚きを覚えることがある。この「Myself」をプレイバックしたとき、間違いなく自分自身が感じられた。等身大であること、なにかを為そうとしないこと。無心であること、身構えないこと、自然体であること。演奏するときに、常にそれを心がけている。



10. When I Was a Boy
譜面には興味がないのか、すこし難しい顔つきでうつむきながらも、リラックスした普段着姿でピアノを弾いている少年のころの写真を、 大好きだった祖父から受け継いだ本棚に飾ってある。初心を忘れないためなのか。このテイクを弾いた直後、プレイバックしたときに、 恣意がなく透明に感じられた。少年のころは、いつも当たり前にそうだった。 常に心がけていることではあるが。写真にある自分の姿と曲の透明なイメージがかさなって、このタイトルとなった。



11. Akatonbo
この国に生まれ育ち、奏でるメロディ。今回このアルバムを制作するにあたり演奏しようと決めていた曲のひとつ。しかしながら、日本の曲だから、という特別な意識はない。よい曲だから採りあげた。ソロでのライブで長らく弾きつづけてきた。KeyがGなのはメロディがハ長調で弾けるようにしたため。名曲は長調でつくられていることが多い。Keyの決定は重要で、それぞれの音の間隔は均等ではないからだ。ようするにKeyの選択で曲の印象はがらりと変わる。



12. I See You While Playing The Piano
歓び、悲しみ、忘我、熱狂、陶酔、興奮。様々なかたちで音を媒介として伝わるエネルギーが、聴いてくれているひとと交換されるのを感じるときがある。この曲のモチーフはあったが、そこから即興性で拡げていく限界を現時点での自分に感じ、収録をあきらめかけていた。レコーディングは2日間で行なわれたが、最後の最後にこのテイクが録れた。 とてもイメージが強い演奏になった。感情的にはなっているが、自己や恣意からは解放された。



Comment

ダイナミックな世界を表現し、クリーンで新しいピアノソロへのアプローチが皆に驚きをもたらすだろう。
——ということは今の丈青の自己主張が、この1枚にしっかり集約されているわけだ。

日野皓正




SOIL&”PIMP”SESSIONSとJ.A.M。さらに数々のセッション、サポートワークで引っ張りだこのピアニスト丈青が満を持して、遂に初のソロアルバムをリリース。コンサートホールで最先端技術で録音された一台のグランドピアノ。凛とした静寂の中に姿を表す多彩なエモーション。丈青のピアノを通しての息づかい、思いが1枚通して伝わってくる。 穏やかでせせらぎのように流れる中に聞こえてくる激流、渦、そしてまた静寂。聞き方次第で安堵または高揚を与えてくれる1枚である。

クリス・ペプラー




楽器のポテンシャルを最大限に引きだした演奏、レコーディングの時間をありありと思い出させるクリアな録音が本当に素晴らしい。 彼が紡ぐ色彩ゆたかな音色からは、そのナチュラルな人柄が滲み出ている。全体にスッと風が通っているように感じられるのは、ジャズにも、あるいはピアノの音色がもつイメージにも縛られない、 「音楽がすべて」という丈青の透明な精神に起因するのだろう。

狩野真(調律師)



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